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先進的な取組み

【インタビュー】箱根関所で行われる時代演目上演の取組み

箱根関所
©箱根関所
「神奈川県箱根町」江戸時代初期の設計図をもとに資材から工法まで完全再現した「箱根関所」では、当時の衣装をまとい、振る舞いまでを現代に復活させたクオリティの高い寸劇が人気で、国内外からの観光客を楽しませている。

この寸劇は、「時代演目上演」の名称のもと、資料と専門知識をもとに箱根関所のスタッフを中心に構成されたプログラムである。
予算をかけず、地の利を生かしたコンテンツの作り方を箱根関所の実例をもとに紹介する。

箱根関所で行われる時代演目上演とは

年間54万人もの外国人観光客が訪れる箱根。神奈川県西部に位置するこの街は、東京から新幹線とバスを乗り継いでおよそ90分という利便性の高さに加え、箱根神社や旧東海道などの歴史を感じさせるスポットがその人気に拍車をかけている。

箱根関所はその中でも人気の歴史施設のひとつ。江戸時代初期の建築当時そのままに、場所から材質や工法まで完全再現されたこの施設は、外国人観光客からの支持率も高い。

この施設の特性を生かした寸劇は、平成26年に第一回が行われ、平成27年に定期公演化されて以降は年に12回、1日あたり8公演ほどのペースで開催。内容は回によって変わるが、箱根関所で起こった史実に基づいて関所番士と関所を通る旅人のやりとりを再現するなど、歴史考証にこだわったコンテンツを提供している。

箱根関所
箱根関所は2007年に完全再現された
箱根関所
例えば天井の梁なども当時の材質や工法で完全再現している

「資料を読むだけでなく楽しんでもらいたい」との思いから生まれた時代演目上演の魅力とは

時代演目上演の内容は歴史考証資料に基づいて綿密に練られたものだが、コミカルな要素を取り入れて「分かりやすく」「おもしろく」作られている点も特徴だ。

誕生の背景やこだわりについて、箱根関所の大和田公一所長にお話を伺った。

箱根関所
- 箱根関所の歴史を寸劇にしようと思ったきっかけはあるのでしょうか?
この寸劇は三代前の所長が始めたのですが、関所って良い資料を見たりしてもなかなか具体的にどういうことなのかが響いてこないということがあって、それを老若男女問わずインパクトを与えられるように演劇を導入したらどうかというところがあったのではないかと思います。それは今でもお客さんの反応を見ていると「当たりだな」と実感できます。
- 劇のこだわりはどんな部分にあるのでしょうか?
全く歴史的な裏付けのないものを展開してしまうのはまずいだろうと思っています。ある程度アドリブで笑いを取るのはありますが、絵空事だけを展開するのは良くないとこだわっています。表現の中でうまくお客さんに合わせることはあってもしかるべきかと思いますが、その場の中でどのようなことが展開されるのかを訴えていかなきゃいけない。こだわりはそこにありますね。
- 寸劇をつくる際に難しかったこと、やりやすかったことなどはありますか?
難しいという点でいうと単純に天候に左右されやすいというか、屋外でも基本的にはやるので、見る側からすると傘をさして見ることになるので。逆に有って良かったのはこの環境ですよね。箱根にしかない、関所でなければできない点ですね。
- 寸劇の取組みのメリットは実際にやられていて感じますか?
「分かりやすかった」とか「面白かった」という声は実際に聞くことができますから、演劇をやっているときは演劇に群がっていて終わった後に「面白かったね」「あぁ、なるほどね」という印象を言い合いながら散開していく人が多いですね。
箱根関所
©箱根関所
- 年に数回の定期公演を行なっていますが、その点のメリットはありますか?
少しずつお客さんの反応を見ながらブラッシュアップできる点ですね。実際にそれがリピーター獲得にもつながっています。その中でも「今度はいつやるんですか」という問い合わせもあるので、実感もあります。
- 寸劇は外国人観光客にも楽しんでいただいているのでしょうか?
そうですね、肌感覚として感じています。「なんかつまらなそうなことやっているね」といった顔で通り過ぎる外国人の方はほとんどいないです。ずっとそこに張り付いているというわけではないですが、興味を持って見てらっしゃっているのが実感です。
- 劇を通じて歴史を体感することで「また箱根に来たい」と思うきっかけにもなりそうです
そうですね。劇団の方々が付け加えている部分もありますが、お客さんを引っ張り込んで一緒にアドリブで展開するようなこともあって、本当に温かい笑いで満たされますね。
- 劇中に引き込むお客さんは海外の方も対象にしているんでしょうか
それは問わずですね。でも特に寸劇に英語が出て来たりするということではないです。関所の江戸時代の外国人対応がどうだったかという内容ではないので物足りない部分は若干あるのかなという気は正直あるんですけど、当時の衣装を来て刀を差している俳優もいれば「わらじ」を履いている俳優もいて、そういう方を写真で撮ったりして非常に興味深く見ていますね。

資料と知識があれば時代劇役者でなくても実現可能。施設と劇団による二人三脚の取組みとは

- 箱根関所資料館には衣装や史実を表す資料も豊富ですが、どのように集めたのでしょうか
関所関連の資料はもともとあって代々引き継がれてきたのですが、民間の考古館を運営されていた方が大事に保存・活用していた資料を昭和40年に建設したこちらの資料館に追加で移管していただいたという経緯があります。その中に事象も多く記されていましたので基礎資料としています。
- 寸劇にも歴史考証という意味でそこから忠実に落とし込まれているのでしょうか
もちろんそうですね。この関所に「高札」という看板があるのですが、その看板は江戸幕府がこの関所にどういう役割を持たせるかの5か条が書かれていて、それをもとにシナリオをつくって展開したのが今の寸劇です。
箱根関所
役人の後ろに5か条の看板が見える ©箱根関所

- 劇団や役者さんは時代劇に強い方をブッキングしているのでしょうか
いえ、劇団の選定はかなり偶然的なもので、三代前の所長が知り合いだったのがきっかけです。平成26年からトライアル的に行なっていたのが徐々に良いよねって感じになって、「こういう場所だから演劇を組み立ててくれないか」という形でお願いをしている感じです。翌平成27年から定期的に上演して、こちらも目玉コンテンツのひとつとしてPRするようになりました。
- つまり、特に時代劇が得意でやっているような劇団ではなかったと。
えぇ、いろんなことをやっている劇団ですけど、セミプロのような劇団でプロというわけではないんです。
- 資料や証言が充実していれば専門外でもクオリティの高いコンテンツが実現可能という好例でもありますね
そうですね。実際にやられている演劇のシナリオは劇団の方が「こうやりたい」と台本に書いて提出していただき、「そのくだりは資料的に合わないよ」といった具合にこちらで校正をかけて、「こういう風にできないか」とお互い協議をした上で練っています。
- 箱根関所の方々と二人三脚だから実現できていると
向こうに言わせるとこちらが難しい注文を出しているのかもしれないけどね(笑)ただ、こだわりを持ってやっていきたい部分は劇団側も理解してくれています。
- なかなか営利だけが目的のエンタメだと実現が難しい取組みですね
箱根関所って町の町営施設なんです。しかも今は教育委員会が管轄しています。観光施設でもあるのですが、教育施設としての発信の仕方をしているからこのようなコンテンツになっています。また、私もずっと箱根湯本の郷土資料館という施設で学芸員として働いていました。観光メインでやっているところがこのようなコンテンツを作りたいと考えた時には教育委員会などと連携しての歴史考証を行うというやり方も良いかと思います。
箱根関所
箱根関所資料館には豊富な歴史考証資料が揃う

世界中の人々に箱根の歴史を知ってもらい、楽しんでもらいたい。箱根関所の挑戦は続く。

- 自治体や観光協会と連携して寸劇を海外向けに紹介してもらうような取組みなどは行なっていますか?
はい、そういったことは行なっております。うちからのイベント情報は観光協会に流していますし、英語サイトや多言語パンフレットなどの観光協会の媒体を使って国内外へ発信しています。箱根関所のHPも基本情報を英語バージョンで用意しています。
- 周遊プランに寸劇が組み込まれていることもありますか?
芦ノ湖周辺の6施設と観光協会で「箱根芦ノ湖“夢”劇場」というくくりで構成して、その中で時代演目と合わせて他の施設と一緒に周遊してもらうための発信を行なっています。

この取組みで紹介しているコンテンツは一年間通じて延べ日数が365日を超えるんです。要するに芦ノ湖周辺に来たお客さんに「いつでもどこかで何かをやっている」ということをアピールしていく。今までは関所に来たら、関所のことは分かっても他の施設で何をやっているかを関所が直接ご案内することが難しかった。情報が得られなかった。
箱根関所
© 箱根関所 箱根芦ノ湖“夢”劇場のパンフレット

- 情報の共有化で地域を巻き込んだ施策が可能になったと。
そうですね。「うちでは今やっていないですけど、ここに行けばこういう楽しみ方ができますよ」とそれぞれの施設で広報しあっていけば、周辺全体がどこへ来てもお客さんが楽しむことができるだろうというような取組みでもあるということです。

旅館にこのパンフレット置くなど、箱根関所単体での誘客に加えた回遊施策を行なっています。今後は観光協会と連携のもとさらなるPRを進め、世界中の人々に箱根の魅力を知ってもらうための取組みを進めていきたいです。
- 今後の海外向けの発信についての課題やアプローチについて聞かせてください
いまあるツールを使って充実させていくのが直近の課題で、いますぐ新たな方法を検討というのは現実問題として難しいのですが、逆に言えば今のポテンシャルをいかに利用していくかを考えていきたいところですね。

箱根関所公式HP
http://www.hakonesekisyo.jp/

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