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先進的な取組み

【インタビュー】山梨県甲府市で行われる信玄公祭りの取組み

出陣式の様子 © やまなし観光推進機構
山梨県甲府市で毎年4月12日(武田信玄の命日)前後の週末に行われる「信玄公祭り」は、2012年に「よろいを身にまとったサムライの人数1,061人」のギネス記録を達成し、「世界最大の侍パレード」として認められた。この祭りは規模が大きいだけではなく、時代考証に則った質の高いコンテンツを提供している。祭りに合わせた周遊施策を含め「やまなし観光推進機構」の取組みを紹介する。

信玄公祭りは1000人以上の武者行列を再現する世界最大の侍パレード

2021年に50回目の開催を迎える信玄公祭りは、地域に存在した複数の祭りを融合させ、観光資源として活用している市民まつりである。昭和33年の笹子トンネルの開通、さらには昭和44年に放送された川中島の戦いをテーマにしたNHK大河ドラマ「天と地」のヒットを受け、観光誘客を目的に昭和45年に第一回信玄公祭りは開催された。

甲府駅前や甲府城など、市内の中心地を甲冑を身にまとった武者が練り歩き、2012年には1061人が参加したことで「よろいを身にまとったサムライの人数世界一」のギネス記録を樹立。2019年には期間中に16万6千人が訪れるなど、注目度は右肩上がりだ。武者行列の他にも武田神社や甲府城を舞台に展開される演技プログラムなど、充実したコンテンツが人気を博している。

信玄公祭りは観光振興のための祭りとして発展していく中、近年は来場者に対して祭りをフックに山梨の魅力を知ってもらうための試みを積極的に行なっている。ギネス認定後はインバウンド誘客施策をさらに加速させ、2020年には祭りへの参加を組み込んだ旅行パッケージを海外向けに本格展開するなど、先進的な祭りの観光活用を行なっている自治体のひとつである。

歴史的書物の甲陽軍鑑をもとに再現性の高いコンテンツを実現

信玄公祭りは「よろいを身にまとったサムライの人数世界一」でギネス記録を打ち立てたため、その規模が着目されがちであるが、甲冑の質からステージで行われる演技の構成の内容まで、時代考証をもとに構築された歴史再現性の高いコンテンツを提供している。

これらの作り方やインバウンド誘客の仕掛けについて、やまなし観光推進機構の古谷専務理事に話を伺った。

- 信玄公祭りでは出陣前の様子や祝杯をあげる様子など、随所で再現性が高い演出が見られますね。
信玄公祭りは川中島の戦いをベースに作られていますので、武田神社が最初のイベントの中に組み込まれていまして、土曜日の午後一番の戦勝祈願式から始まります。武田神社の敷地はそもそも武田信玄の館跡(国指定史跡)ですが、そこでまず戦勝祈願を行い、それ以降のイベントは甲府城跡でやっているんです。

甲府城跡も国指定史跡ですよね。甲府城は武田家が滅びてから作られた、敵方の豊臣秀吉や徳川家康が作らせた城ですからちょっと違うんですが、ただ、町割りで言うと武田信虎・信玄親子が作った街はいちばん南端が今の甲府城のある場所だったんです。だから武田信玄に全く関係ないかというとそうでもありません。武田時代の町というのは北側がメインで、江戸時代以降になるとそこが捨てられて甲府城より南が城下町となっていったんですね。時代を象徴するようなそれぞれの史跡を使用しているというのが一つのポイントにもなっています。
- 「時代」をしっかり意識して再現性が高いものをもっと求めていくとその地域ならではのコンテンツになっていくんでしょうね。
武田神社という史跡で戦勝祈願をしてから出陣式を甲府城跡で行い、それから平和通りという甲府駅南のメインストリートをパレードしていくんですね。また、甲府城では30分ほど出陣の様子を再現しています。
パレードの様子
パレードの様子
© やまなし観光推進機構
- 実際にそのような史実が文章として書いてあるのでしょうか。
甲斐国の戦国大名である武田信玄の合戦記事などを記した「甲陽軍鑑」に、上杉謙信との川中島の戦いの様子が記されています。例えばステージで「三献の儀(出陣式)」を行うのですが、川中島で不穏な動きがあるという知らせが入ってくるんですよね。そういう演出もここの舞台でやっているんです。
- ある意味、信玄公祭りに来ると川中島の戦いが始まるときの様子が分かると。
それらを30分ほどに圧縮して再現劇のようなことをやっているんです。並んでいる人は24将やお姫様や奥方。ここで出陣の儀式をやると、最後に信玄が「いくぞ」と一斉に甲府駅前に集まって、甲府駅前からパレードが始まるという流れですね。
- 出陣式の様子なんかは甲陽軍鑑をもとに始めたんじゃないかということですね。
信玄公祭りは川中島の戦いの中でも一番激しい戦いだった4回目の合戦をベースに組み立てられているんです。その根拠が甲陽軍鑑という書物でして、かつては「本物の歴史書ではないだろう」と言われていたんですが、最近、古民家から甲陽軍鑑の写本が出て、「信憑性が高い」とドキュメンタリー番組でも取り上げられていました。甲陽軍鑑って物語調でとてもわかりやすくつくられていて、歴史書というよりは物語のようにできている。だから「こんなもの本当の話じゃ無いだろ」と歴史家からは言われてきたんですけど、再考されています。
- Living Historyでも、例えば地元の歴史の先生と一緒に取り組むような時代考証が必須となりますね
年々調査や資料の発掘含めて調査も進んでいるので、最近本当の信玄公がどうだったかっていうのもNHKでやっていて、信玄公が死んだのは何故だったのかと。病死なんですけど、その病気がなんだったのかという推測番組があって、症状から察するに、どうも胃がんだったらしいと。
なんで胃がんになってしまったんだろうというところが面白くて、文献を読んでいくと部下に対して非常に気を使った手紙がいっぱい残っているんですね。武田家って領国の統一など基盤を強化するのに、かなり苦労したので、武田信玄も領国支配にはとても気を使っていた。部下にも気を使い、細やかな神経だったため、気を使い過ぎて胃がんになっちゃたんじゃないかと。
信玄公ってどっしりしているようなイメージの銅像が甲府駅前にあるんですが、最近の研究によれば、実は違う人の絵がモデルになってしまい、本当はこの人が武田信玄だという絵があり、その絵を見ると確かに細くて神経質そうな顔をしています。時代考証ってやっぱりすごく難しいですね。500年前の話を調べるとなるとかなり推測の部分が出ます。でもそういう時代考証の作業は必要なことだと思っています。

民間企業の協力を得て約1100体の甲冑を確保

- 甲冑はどのように調達しているのでしょう?
甲冑は一部を除いてレンタルしています。「高津装飾」さんという日本で一番大きな、甲冑などの撮影小道具のレンタルや着付けをしていただける業者さんがありまして…
- この方々に実際甲冑を用意してもらうと
はい、そうです。そのうちの主な部分、武将のものは、やまなし観光推進機構が所有しています。
信玄公祭りに合わせて約1100体の甲冑をレンタルしている
© やまなし観光推進機構
- 甲冑の再現性はいかがでしょうか
映画撮影などに用いられますので、当然時代考証もしているんだと思います。絵図が残っていて、そういうのを見ると「こんな感じかな」とわかるので時代考証のベースにしているのではないかなと思います。
- 高津装飾さんに在庫として保管してもらって毎年それを借りる形でしょうか
鎧は高津装飾さんで揃えてもらってます。やまなし観光推進機構が保有しているの は30体くらいで、大将クラスのものです。雑兵役のものはレンタルしています。ただ毎年基本的には同じなんですよ。そんなに変えられないというか。鎧って精緻に作っているので、作ると一体100万円以上しますから。修理代だってばかになりません。

まずは米軍属の人々から。身近な外国人を足がかりにコンテンツを販売

- 実際に外国人観光客向けにセールスをかけて、体験ものとして販売もしていますね
そうですね。オーストラリアあたりも関心が高いですし、旅行会社からも問い合わせがあります。実は、横田基地などの米軍基地から誘致して観覧してもらうということは2012年頃からやっているんです。
- きっかけはどういったものだったのでしょうか
私が山梨県庁の国際観光交流課にいたころ「米軍にセールスかけられませんかね」という話をしたことがあるんです。米軍って登山訓練も兼ねて富士山に5000人くらい来ていると聞いていたんですよ。いっそのことセールスかけましょうとなったんです。当時担当の県の職員が行って良い感触を得られたんですね。それでやまなし観光推進機構に話を繋いで、といったきっかけがあります。

せっかくこういうコンテンツがあって、観光のためにやっているのに、そもそもツアーとしても売っていなかったし、「やるだけ」というところがあったので、国内のお客さんにもしっかりツアー仕立てにしよういう発想からです。
- もともと観光のためのお祭りですもんね
自治体メインの祭りなので、山梨県や甲府市や近隣の市町村からもお金をもらってやっているんですが、パレード参加の主体が自治体と企業さんなのでどうしても型が固まっちゃうというか、マンネリ化しちゃうんです。でも、観光振興という切り口から考えると、内輪のお祭りと言うよりも外から来てもらうためのお祭りにしていかないといけないというのが私の考えでしたので、それがきっかけと言えばきっかけですね。

なかなか大変なんですよ。でも、徐々に外国人も増えて来て、セールスも例えば米軍基地からのツアーが毎年バス一台で来たり、通訳のボランティアを集めてアテンドしたり。そういうことを積み重ねて、今年ようやく海外向けのツアーで売ろうと考えている段階で、JTBさんや日本旅行さんにもインバウンドのツアーがあるので、信玄公祭は桜のシーズンにもマッチしますし、ちょうどいいと。体験ものはいけるんじゃないかなという感触も得ています。

お祭りで思い出に残る忘れられない体験を提供

- 来年春に向けてのセールスをされているパッケージでは外国人も甲冑を着て行列に参加できるのでしょうか。
その通りです。実は過去にもインバウンドを対象にしたものを交流レベルでやったことがあります。例えばアメリカのアイオワ州との姉妹締結50周年記念行事でアイオワ隊を組んで向こうの議員さんなど40人くらいで、皆さん体格が大きいので甲冑もギリギリのサイズでしたが、かなりごつい人も入れるとわかりました笑
- 実際に2時間パレードに参加したと
途中で座っちゃって(笑)「STAND UP!」とか言いながら檄を飛ばして何とか歩い てもらいました。
- それ自体も面白い体験になりそうですね
ええ、最初はみんなくたびれ果てて座っちゃうんですよね。装備は重たいし、わらじ履きは足が痛くなるし、日本人でも大変ですよ。座り込んじゃったりするんですけど、最後は「えいえいおー」って勝鬨も覚えて、バスで帰るときにも「えいえいおー」って…

翌年、アイオワ州で行事があって行ったとき、向こうで「えいえいおー」って迎え入れてくれて、「覚えててくれたんだな」って嬉しくなりましたね。
歴史再現をすると同時に、祭りに参加してもらうことで、外国人に対して印象深い体験を付加的に提供している。
© やまなし観光推進機構

- なるほど、良いですね。
やっぱり山梨や日本を知ってもらうにはお祭りに参加してもらうということがいちばん印象に残るんですよ。この体験ってここでしかできないし、思い出に残るんですよね。記憶に残る忘れられない体験になる。それが「売り」でもあると。

そして何よりも良いのは「見られてる」ということですね。日本人に見られていて、例えば写真を撮られるのも、参加している間歩いている時だけじゃなくて、途中交流ができる陣屋というのを作って、そこに一般の人も来るわけですが、そうすると「一緒に写真撮って」と言われると悪い気はしないじゃないですか。なので交流のツールとしても思い出に残るひとつの要素ですね。実際に参加者が赤ちゃん連れの若いお母さんに「写真撮らせてください」と言われていた時に、ものすごく嬉しそうな顔をしていたんですよ。それって普通の旅行では得難い体験じゃないですか。自分がスターになった気分になって。一般の人と触れ合って写真を撮ってもらって。

豊富な観光名所、そして富士山を抱える山梨県。今後の展望は。

- 参加の際は武田信玄公についてなど、歴史的な説明もするのでしょうか?
公式ガイドブックの英語版「SHINGEN-KO FESTIVAL」に、祭りの概要や、武田信玄がどういう人なのかということは書いてありまして、他にも祭りのスケジュールなどが紹介されています。あとは翌日観光いただけるように観光情報も記載されています。

ただ、「今日泊まろう」と思っても甲府市内って泊まれないんです。パレードの晩はどこも満室ですから。10年前「今日のお宿どうするんですか?」と本陣隊に集まった人に聞いたとき「今日いまから決めるんだ」と。これは絶対にツアーにしたほうがいいと思った出発点です。せっかく来てもらってるのに泊まる場所がない…普通の人には甲府泊まろうと思っても泊まれない。じゃあ石和温泉が近いから石和温泉だとなるんですけれど、なかなか21時過ぎて宿取ろうってのは大変じゃないですか。というのがツアーにしようとした原点ですね。

悪いじゃないですか、せっかく来てくれたのに。翌日の観光プランとかもあれば、桜の時期でもありますし、桃の花も咲いている場合もあるんで。そういうのが不備だなって思ったんです。観光振興のための祭りなんだけど、来て頂いた方のことまで考えていなかったのが10年前の状況です。それって不親切だよね。やるだけで終わりみたいな、ものすごく内向きな感じしたんで。やっぱり喜んでもらうコンテンツにするにはそこをやったほうがいいんじゃないかと。
- お祭りの後も含めておもてなしをするということですね。
そうですね。やっぱり来て満足度が高まるのはそういう部分かなと。パレードももちろん満足してもらえると思いますが、そこのケアがあるとより良いものにできますね。
- お祭りは地域に来てもらうきっかけとして、次の日に地域を楽しんでもらう取組みをしないとお祭りに行って終わりになってしまって消費も発生しないということになりますよね。
歴史好きな人であれば武田信玄の史跡などに興味があるだろうし、親和性があるかと。座禅体験とかも用意しまして、居合体験とか、芸者体験とかもコンテンツを作ってPRしていこうとしています。
観光スポットで記念撮影をする外国人観光客
© やまなし観光推進機構

- 当日ぱっと来て体験させるというよりは宿泊も含めたツアーパッケージにするということでしょうか。
年間を通じて山梨に来てもらうためには、祭りはひとつのきっかけなんですよね。祭りって一日だけじゃないですか。その日だけ何万人来たとしてもその日一日の稼ぎなのでたかが知れている。それがきっかけで「山梨って面白いところだね」と。「富士山もあるね。花の時期も桜の名所がこんなにあるんだ、桃の花もあるんだ」ということを知ってもらうきっかけにできればと思います。
- 外国人が見に来ているなど、徐々に効果は出ていますか?
最近、肌感として外国人増えているねとみんな言いますね。そこに勢いをつけるのが今回かなと思ってます。「50回目には名実ともに世界一の侍パレードとして認知してもらえるように」というのがずっと言い続けていることですから。

信玄公祭り公式HP
https://www.yamanashi-kankou.jp/shingen/

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